94年版規格の弱点

94年版規格の弱点は企業業績を軽視していることである。ISO9001に基づく品質システム(注:94年版では品質マネジメントシステムではなかった)が効果的に運営されたならば当然の結果として生まれる企業業績の向上を問わないことによる弊害が生じた。たとえば、「経営者はISO9001の認証取得には熱心だが、取得ができればISO担当者にいっさいを任せきりにして、業務の効率が向上したのかどうかには無関心になる」などが分かりやすい事例であろう。

2000年版ISO9001シリーズでは、この点を改善しようとする意図が明確に示された。システムの自己評価を組み込んでいることがそれである。品質マネジメントシステムがもたらした成果について自己評価を行い、システムがいかに効果的に運用され、業績の向上と高い競争力獲得に向かって、どの程度進捗しているかを慎重に見定める手法が提示されている。

企業独自の製品とサービス、組織構成、設備、顧客を含む利害関係者に配慮し、品質マネジメントシステムのそれぞれ各項目に対する5段階法による評価を行うことになる。

さらに、競争力を高める歩みを行動計画として定め、その進捗度を計ることができる目標展開も取り入れられている。この規格の意図を実践するためには、たとえば、企業全体の目標と5年程度の中期品質向上計画を策定し、これを貫徹するための各部門別目標を設けるなどである。なお、規格は、この目標は計測可能でなければならないとしている。すなわち、数値化された目標が望ましいことを示唆している。

このように規格が求めている目標展開を確実に実践すれば企業業績の向上に望ましい影響を与えられる仕組みがある。日本でも昔失敗した「スローガンを掲げる」精神論的な取り組みを品質マネジメントシステムは排除している。

アングロサクソン型経営

金融ビックバン、すなわち市場原理主義が日本国内で進行していたときに、アングロサクソン型経営という言葉が流行った。日本人がこの言葉を使う際には、なにがしかの批判めいた気持ちが込められていたように思う。アングロサクソン型経営に批判的な感覚を持つ経営者であると、国際規格ISO9001の内容を知るにつけその臭いを嗅ぎ不快感にとらわれるかもしれない。そのように憶測する理由は、規格では経営者に課せられた責任がかなり厳しく、広い分野が亘っている点にある。経営者は、自社の品質マネジメントシステムの要点を監査員に説明できなければならないのは当然である。言い換えれば、アングロサクソン型経営で常に求められる”アカウンタビリティ(説明責任)”が内包されている。他方、”御神輿かつぎ”経営では、経営者は調整役に徹すればよいが、品質マネジメントシステムでは、自らが企業運用を計画し、その内容を社員に説明し、外部の他者に説明できなければならない。

国際規格ISO9001では、経営者の責任として次ぎような事柄を実行するよう求めている。すなわち、

  • 品質方針と品質目標の策定
  • 目標達成に必要となる品質マネジメントシステムの策定
  • 顧客のみならず株主、社員、供給者および地域社会の期待や要望に応えるための施策
  • 法的規制への配慮、企業倫理の確立

さらに、経営者が深く携わることになる「経営資源の管理」に関しては、以下の事柄を実行するよう求めている。すなわち、

  • 社員に対する教育、学習などの機会を創設・実施
  • 知識集積のための基盤を構築
  • 安全な操業を可能な職場や工場のインフラストラクチャーの整備
  • 職場環境の改善
  • 上記に不可欠な財政面での支援を確保

まさに、企業を健全に運用するための経営者に課せられた経営規律(ディシプリン)である。アングロサクソン型経営では、このディシプリンが経営者に課せられている。昨今話題にのぼっている企業の不祥事を聞くにつけ経営規律の欠除が根底にあるように思えてならない。

言うまでもないが、「組織の部門を管理する責任者の責任と権限の明確化」や「経営者が主催するマネジメント・レビューを通じてクオリティの改善計画策定」なども国際規格ISO9001には含まれている。

ヒューマン・マネジメント

W.E.デミング博士は、ヒューマン/マネジメントに関して次のように述べている。

人を判定し、順位をつけ、枠に押し込めてはいけない。誰もが何かを得られるように部下を助け、システムを最適化することを目指すべきなのである。「新経営システム論」W.E.デミング(NTT出版社)

コンピュータ制御による全自動設備であったとしても、コンピュータを操作しているのは人である。誰でも「人の介在があってこそ始めて、システムは稼働する」と認識していると思う。

しかしシステムを継続的に改革すべき立場にいる管理者が、いつまでも部下をせわしく働かせ、社内外の書類をせっせと処理するだけでいいのだろうか。「いまの業務のやり方を管理者としてもっと良い方に改善せよ」と強く管理者に求めることができる経営者は幾人いるのだろうか。管理者としての役割を強く意識させる必要があるのではなかろうか。

国際規格ISO9001では、「経営資源の管理」に関する項目が従来以上に重みを増して格上げされた。そこでは、業務に携わる人々の教育、訓練、技能、経歴、そして業務環境の整備を重視し、システムとして確立することが求められている。これらの行為が実際に効果をあげているのかを計るには、「従業員の満足度」を調査する必要性があるかもしれない。当然ではあるが、ヒューマン・マネジメント重視の経営が要求されている。

顧客満足度調査は必須

顧客満足度調査の必要性

ISO9001品質マネジメントシステムは、顧客志向経営のシステムである。当然ながら、顧客満足獲得を正面に出した要求項目がある。製品・サービスの品質はもちろん、提供した顧客価値が顧客を十分満足させているか、不満足な点は何かなどのついて絶えず注意を傾けなければならない。具体的な方法を規格が示しているわけではないが、自社の顧客に合わせて何らかの適切な方法を用いて、「顧客の受け止め方」を収集し、結果を経営者にフィードバックされる仕組みが必要である。

お客様の声

昔から「お客様の声」を重視する経営は一般的に行われてきた。国際規格ISO9001は、品質マネジメントシステムに基づいて企業活動が有効に運営されているかどうかを測る手段の一つとして製品やサービスに対する「顧客の受け止め方」に関する情報を収集するように求めている。顧客の受け止め方であって満足度とは表現していないことに留意すべきである。

顧客満足を計測する対象項目は少なくとも品質、価格、納期が含まれなくてはならないが、計測する手段に関しては”適切で”あればよく、規格は何も特別な手法を特定していない。しかし収集されたデータを正確に解析するにはどうしても専門的な統計的手法を活用する必要が生じてくる。さらに、競合する製品とサービスに関する分析を行い、自社の商品群と業界内でのベンチマーキングができるような調査となると、やはり本格的な顧客満足度調査を実施せざるを得ない。これは企業に大きな負担を強いることであり国際規格ISO9001の本来の意図ではない。しかし、顧客満足度調査を専門とする業者が跋扈し始めたことは事実のようだ。この現象は、国際規格ISO9001が日本に導入されると軌を一にして検査機器の校正専門業者が増加したのと同じである。

社内顧客と社外顧客

94年版規格での「顧客」の定義は、「社内顧客と社外顧客がある」としていた。したがって、顧客満足調査の対象を社外の「お客様」に限定すると、社員の期待を充足しているかどうかがおろそかになる。特に、サービス業では顧客満足は社員の満足度に強い相関性があることが知られている。やはり社員の満足度も同時に測定する必要があるだろう。ますます経営者の責任は重くなる。

顧客とのコミュニケーション

94年版規格では、顧客の要求事項を明確にするために、最も重要な役割を果たす営業や技術サービスの業務に関する明解なプロセス設定が要求されていないという欠点があった。2000年版ISO9001では社内での顧客と社外での顧客とのコミュニケーションを綿密に保つためのプロセスの確立が、新しく求められた。

営業業務に携わる担当者がいかに効率よく正確な情報を社内に伝達するかという目的を踏まえたプロセスを作りあげることが特に重要になる。「注文を取ってくれば、それが一番の報告書だ」という営業担当者がいるが、これほど危険なことはない。どのようなやり方で注文が取れたか、製品やサービスの卓越さがどの程度顧客との対話で明らかになったのかなどの情報は、本来企業の潜在的資産となるべきものなのだが、うやむやのまま闇の中に葬られてしまう可能性があるからだ。やはりきちんと報告する義務と責任をシステムの中に作り込む必要性が日本の企業風土では高いと考える。ましてこれほどまでに発達した情報技術は今までに利用できなかった。これらの技術を使うつもりさえあれば実に簡単に実行できる。こうして考えると、担当者の意識に問題が隠蔽されているのかもしれない。

エンパワーメントの強化

日本企業における権限委譲の実態

日本企業では権限委譲が十分に行われており、自主的な判断によって業務を行っている、というのが一般的な認識である。が、どう見てもそれは建前だけのことで、実際には権限委譲が不十分だと思う。昔の話だが、海外で商談をしている場所では結論は出さず、「本社と相談してからご返事申し上げます」といって帰ってしまうのが日本人だと批評されていた。権限委譲されていない人たちが重要な商談ができるはずがない。二十一世紀の今日でも同じではないかと思われる。社員の意思決定や自主的な判断によって活動できるような権限を与える個人への権限委譲(エンパワーメント)の強化が日本企業に求められている。

別の事例を示そう。長年勤め上げたあげくリストラされた社員が、新しい職場を求めて失敗するケースが多い。主たる原因は、個人の能力に特出したものがない点であろう。というと、「出る杭は打たれる」的な社会風土や個人の努力が足らないからそのような結果をもたらしたのだと反論する人もいる。出身大学のランクで能力を判断するようなステレオタイプの考え方や社員の潜在能力の掘り起こしに無関心な経営者に基因していることもある。

ほとんどの情報端末に使われているフラッシュ・メモリを開発した日本人が朝日新聞のインタビュー記事で述べていた。商品化が進んでいるメモリとはまったく違うタイプなので、会社はほとんど支持してくれなかったが、米国の企業が興味を持ち500人体制で開発を進めた。多くの特許を取得したが見返りはほとんどなしだった。その大企業を退社したあと、訴訟を起こして対価を要求した。この記事を読んで米国の研究所で言われた言葉、「人がやらないことをやれ」を思い出した。なお、訴訟にした背景について、本人は「優秀な技術者は日本企業から逃げてしまうという思いもありました」と語っている。

社員は貴重な資源である

国際規格ISO9001が言及している以下の事項が重要であることを強調したい。すなわち、経営者は、

  • 顧客と接するすべての社員に教育、訓練、技能習得、能力の向上を図る。
  • 顧客が本当に望んでいる期待や要望をいち早く察することができる社員に育てる。

国際規格だからと単純に考えず、規格の成り立ちに隠された背景である知識社会の出現と進展に目を向ける必要がある。社員がいかに重要な資源であるかはもちろん、教育や学習による能力開発がいかに重要であるかを理解した上で、具体的な実行・実施計画を立案する必要がある。

ナレッジ・マネジメントの導入

情報の活用

2000年版ISO9001の作成されているときに、Information(情報)という新しい要求事項を加えることが検討された。しかし、最終的には規格には採用されなかった。その内容は、「事実に基づく経営判断を行うためのシステム構築」だった。しかし、国際規格ISO9001の序文には、次の文言がる。

「本国際規格の策定に当たり、ISO9000およびISo9004において記述されている品質マネジメントの原則が考慮に入れられた」

品質マネジメントの原則が八つの項目から構成されている。その一つが「事実の基づく意思決定」が項目があり、国際規格ISO9001に条文がなくとも、この意図は規格の根底に脈々と流れていると解釈するのが正しい。

社員が社内外を問わずに日常的に体験し習得した知識や体験内容を知識の基盤(Knowledge Base)として企業内に蓄積し、いつでもアクセスできるような仕組みをつくることが必要となる。現在は多くの企業がナレッジ・マネジメント・システムとしてすでに構築し運用している。これは経営理論の一つである「ナレッジ・マネジメント」を基礎にしている。社員の経験・知識・知恵を共有するとともに、企業の業務プロセスの改善などに役立てて生産性を向上させる理論である。

このナレッジ・マネジメントを活用すると、どのような効果が生まれるか実例を下に示す。

ジョンソン・エンド・ジョンソンは、地球規模に分散した企業内の知識をグローバルに共有するため、同じような「プラクティスのコミュニティー」を活用している。同社のイントラネットは、ナレッジ・ネットワークと称される。それは「ビジネスに好インパクトを与えるためにナレッジをシステムにとらえ、共有し、さらにそのネットワークを拡大させる組織能力」を意味している。このネットワークを通じて、人、業務プロセス、技術の三つの構成要素を統合して、問題解決や意思決定を行っている。(日本経済新聞)

このような規模の大きなシステムを構築しなくとも、パソコンレベルのデータベースと社内LANによって、経営を判断する情報を容易に蓄積できる。重要なことは、社員の知識や情報をデータ化し、そのデータに基づいて経営者が判断する意識を強くすることである。

TQMの論理

国際規格2000年版ISO9001の特徴をここまで述べてきた。容易に推測できることだが、国際規格には米国で発展したトータル・クオリティ・マネジメント(TQM)の考え方が根底にながれている。米国企業で実際に体験したTQMの論理は、以下のように単純化できる。

  • 顧客の要求や期待を超える製品・サービスを提供すれば、競争相手より高い顧客価値を与えられ、クオリティそのものに価値を認める顧客の増加が見込める。したがって、マーケットシェアが高まり、売上げ金額が増加する。
  • 無駄を低減し、生産性を向上させることでコストを低減できる。これはマージンを拡大させ、資本運用効率を高め、競争力を強める。
  • 高い売上げ金額、より好ましいマージン、高い資本運用効率、そして強い競争力は、事業業績を向上させる。結果として、株主の満足を勝ち得る。

その後、この考え方は改良され、現在は顧客満足向上のために社員の能力開発の強化や社員満足度を高める仕組み、設計・開発プロセス、生産・出荷プロセス、顧客支援プロセスや供給者との関係などの改善にも取り組むTQMに進化した。

ただし、事業業績の向上と株主重視はそのままで変わっていない。。2000年版ISO9001では、「利害関係者のニーズと期待」の要求事項があり、「所有者、ないしは投資家が必要とする長期の利益」や「事業業績の増大化と期待価値」を明らかにするべきであるとしている。株主への利益還元を軽視することは許されない時代が日本でも訪れている。このような時代には、製品品質で優秀な日本企業といえども品質マネジメントシステムの構築と運用は不可欠になっているとしか思えない。